現代社会で生きるうえで、避けて通れないのが「労働」です。人は何のために働くのか——私は「幸せになるため」だと考えています。もちろん、お金がそのまま幸せに直結するわけではありません。けれど、都市化された社会で一定の幸せを感じるには、労働の対価としての賃金が要る。その賃金によって経済的にも精神的にも自立した生活を送れたとき、人ははじめて、真の幸せを感じられるのだと思います。
一人でも多くの障害のある方が、長く働ける場所で、その幸せを感じられるように——それが、私たちハッピーの使命です。今回は、そんな想いを持つ代表・山口に、これまでの歩みと、仕事への姿勢を聞きました。
障害者雇用を支援する私自身も、大病で身体に障害を負った当事者です。回復までの日々が、いまの仕事のすべての原点になっています。
大病の治療中に負った、左足首の関節機能障害です。命は助かりましたが、治療の副作用でダメージが残りました。いまはずいぶん回復し、通常の歩行や起立はできますが、室内では靴を履かないとスムーズに動けません(身体障害者手帳を保持しています)。それでも、社会生活上の制限はほとんどないところまで戻れたのは、不幸中の幸いでした。
拾った命で、こうして生きていること自体が奇跡だと思っています。だから、辛いことが起きても「あの体験に比べればましだ」と、いつもあの日々を思い出すようにしています。
一番は、家族のサポートです。当時は実家に戻っていて、本当に支えられました。もうひとつは、諦めない気持ち。治療の成果だけを追うと一喜一憂してしまうので、病気に生活を支配されないよう、「いま」「ここ」に集中して、ゆったり構えるようにしていました。
それでも心の底には、必ず克服して自分らしい人生を歩み直すという気持ちが、ずっとありました。難治性の後遺症に回復の希望を求めて首都圏の病院をいくつも訪ね、できることは全部やり尽くそうと。先の見えなさに沈む日もありましたが、「これ以上できない」というところまでやり切れば、不自由を抱えても次へ挑戦したい気持ちが自然と湧いてくる——そう信じていたことが、苦しいリハビリを越えさせてくれたのだと思います。あとは、運が良かった。運だけは強い人間です。
自分のメンタルが強いと思ったことは、一度もありません。ただ、「これは」と思ったことは、何度つまずいてもコツコツ続けられる。良く言えば物事にこだわらない、悪く言えば開き直れるタイプで、強さとは少し毛色が違いますが、何とかやってこられた理由かもしれません。
大病の経験から、考えても仕方のないことや過去のことは、逆らわず受け流すようになりました。それでストレス耐性も上がった気がします。とはいえ、嫌なことがあれば悩むし、落ち込むし、夜眠れない日もあります。決してメンタルが強いわけではありません。うまくいかないこと、すぐに成果が出ないことは、いったん塩漬けにして、気分が戻ってから再挑戦する。その小さな積み重ねが、いまの自分をつくってきたのだと思います。
一度は大病ですべてを失いました。それでも、当事者として体験してきたことを事業にできると信じて、2019年にハッピーを立ち上げました。
独立を考え始めたのは、20代で在籍していた株式会社リクルートの頃でした。私が社会に出た2000年代前半は、派遣や契約社員という新しい働き方が生まれ、就職氷河期も重なって、一流大学を出た人でも正社員での就労が難しい時代でした。私自身、不器用で「優秀」とはかけ離れた学生でしたが、同時にIT業界の起業ブームが起こり、「組織で働く」以外の選択肢が広がっていく。大きな会社でなくても自分でやっていきたい——その想いから、起業家を多く輩出するリクルートに入りました。
ところが在籍中に大病を患い、温めていたビジネスモデルも、志を同じくする仲間も、病気によって失いました。それでも皆さんのおかげで回復し、気持ちが整った2019年夏、障害者専門の転職エージェント“ハッピー”を立ち上げました。
なぜ障害者専門なのか。会社員時代から障害者の転職支援に携わってきたこと、そして何より、私自身が当事者だからです。長期就業できるホワイト求人をご紹介するだけでなく、時間をかけてフラットに相談できること、障害年金やキャリアアップといった生活設計まで気軽に話せること。ありそうでなかった「個人に寄り添う」障害者専門エージェント——それが“ハッピー”です。
はい、頭の中のイメージとしては、勝算がありました。細かな戦略は控えますが、自分が障害当事者として体験してきたことを、そのまま事業としてデザインしていけば、多くの方でなくても、一定数は支持してくださる方が必ずいるはずだと考えていました。心理的な不安はありましたが、せっかく拾った命です。後悔のない時間の使い方をしたい——その気持ちも、背中を押してくれました。
正直に言えば、障害者雇用で入社した前職は居心地がよく、このまま定年まで、と思っていた時期もあります。ただ、私のいた特例子会社では、収入の面でもキャリアの面でも、年次が上がるにつれて天井が見えてきた。その制限を一度、外したかった。風通しのよい会社だっただけに、最後の最後まで退職を悩んだのは、事実です。
大病を言い訳にするつもりはありませんが、組織にいた頃に比べ、いまのようにマイペースで働ける環境は、体力的にも心理的にも負荷が減り、ずっと健やかになりました。体調が悪い時は早めに休み、仕事量を減らして、ゆっくり過ごせます。大企業にいた頃は、そうはいきませんでした。競争も激しく、毎月成果を出さねばというプレッシャーで、追い込まれた時期もあります。
起業後は起業後で悩みもありますが、最終的にはすべて自己責任。だからこそ肝を据えて取り組めるのが、私の性に合っています。自分の描いたビジネスデザインが成果につながる瞬間は、まさに仕事冥利に尽きます。
内定の数は追いません。徹底して相手を起点に考え、深く納得できる一社へつなぐ。それが、私たちの流儀です。
マッチング精度を含めた、サービスの質の高さです。そもそも内定は、いくつも必要ありません。ご本人が深く納得できる一社があれば十分です。ですから、特に現職中の方や、売り手市場で引く手あまたの身体障害のある方に、大量のマッチングはしません。
精神に障害のある方は、全体的に体力に不安を抱える方が多いので、顔色や体調を慎重に伺いながら、細心の注意を払って進めます。また、最終的な意思決定がご本人だけで完結するのか、ご家族やパートナーへの相談が必要なのかを先に確認し、関係するみなさんの負担が少ない進め方を心がけます。
この姿勢は、企業様に対しても同じです。入社後にしっかり活躍できる方だけを厳選してご紹介することで、信頼をいただいてきました。とにかく徹底して相手を起点に考える——このカスタマードリブンな姿勢が、ハッピーの強みです。
ひとつは、プロ意識です。金額の大小に関わらず、対価をいただく以上、プロのビジネスパーソンとしての意識が要る。その意識が高いほど、働くことそのものを楽しめます。たとえば首都圏の障害者雇用の平均年収は300〜400万円ほどで「高くない」と見る方もいますが、プロサッカーJ3の選手の平均年収も同じくらいで、彼らは社会や子どもたちに大きな夢と感動を与えています。お金の大小だけで、仕事の価値は測れません。
もうひとつは、メリハリです。20代や30代前半まで、プライベートを投げ打って仕事に向き合うのも大いに結構。けれど、大病をして痛感しました。大切な家族や友人との関係を壊してまで、やらなければならない仕事は、この世に存在しません。仕事は、どこまでいっても人生の一部です。愛する人との時間や、心がワクワクする趣味の時間にも、しっかり時間を割く。それが結局は、安定して仕事を続けるためのエッセンスだと考えています。
私自身、いまも体調と相談しながら働いています。具合の悪い日は早めに休み、服薬し、睡眠を何より優先する。気分が晴れない日は、長めの散歩や軽い運動で整える。そんな当事者のひとりとして、最後にお伝えしたいことがあります。
転職するかどうか、まだ決めていなくても構いません。まずは話すだけでも大丈夫です。当事者の視点を持つキャリアアドバイザーが、あなたのペースに寄り添います。
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